生活

個の時代だからこそ、地域コミュニティーは子供にも高齢者にも意義がある

投稿日:2018年11月11日 更新日:

 

昨日、11月10日土曜日、半世紀以上も昔の小学生の一団が、母校PTA主催のフェスティバルに、同窓会として参加しました。

小春日和の暖かい、というよりは暑い日で大人も子供も汗をかきかき校庭を走り回りました。

 

高齢者が社会参加する絶好の場は地域コミュニティー

この子供フェスティバル、PTAでは、毎年の行事となっているもので、早くから学校新聞にもお知らせ記事を載せ、準備を進めてきました。

当日は、仕事がお休みの父兄や、先生もお手伝いに参加、協力してもらっています。

 

私が子供のころは、親たちは忙しかったし、学校のことは学校任せで、良くも悪くも口だし手出しはしませんでした。

 

今、地元小学校のPTAが、学校が休みの日に校庭を借りて、わざわざお祭りをやるのは何のためになるんでしょうか。

 

昔は地域コミュニティーが充実していた

昔は、地元の神社とか、お寺とか、商店街とかで、地域の催し物がありましたよね。

新年の初詣に始まり、獅子舞が各家庭を回り、2日には大抵の家庭では、特に小学生が居たりすれば、書初め、5日には消防の出初式、松がとれて1月15日にはどんど焼き、2月には近くのお寺でも神社でも豆まきと、・・・一年中、街をあげてのフェスティバルがありました。

昔の街の一体感、行事の楽しさを知っている私から見ると、今の子供たちはかわいそうに思えます。

今の子供たちは知らないことですから、つまらなくもないんでしょうが。

 

今は、一軒が空家になると、そこに小さな一戸建ちが4、5軒建ち、若い家族が引っ越してきます。

敷地が少し広めだとマンションになります。

 

もう、誰がどこの人か分かりません。

それぞれの家庭が、自分たちの暮らし方、自分たちの社会を居住地以外のところにもっていて、身分証明に必要な住所番地以外、地元を必要としていません。

 

大人は外の仕事に忙しいし、通信も交通も発達しているし、地域コミュニティーはあまり必要なくなってきたのですね。

 

そう考えると、地元と密着できるのは、公立小学校へ通っている子供を通してだけかもしれません。

 

地域コミュニティーに代わる地元小学校のPTA主催フェスティバル

同窓会としてフェスティバルに参加するから手伝って! と声をかけられ、エプロンを片手に小学校の門をくぐりました。

 

わぁ、こんなに小さかったっけ、ジャングルジム。

ここ、池だったよね。

 

感慨にふけりつつ、校舎に囲まれた校庭に目をむけると、あちこちにテントが張られ、小さな万国旗や、手描きの看板がカラフルに、お祭りムードを盛り上げています。

 

食べ物や手作り品の出店、輪投げコーナー、ヨーヨー釣りといったお祭りの定番に加え、ボールゲームや、クイズコーナーなども、体と頭の両方を使うように工夫されていて、あちこちで歓声があがっています。

 

校庭の中を人力車風自転車が走り、小さな小学生が座席のクッションに埋もれるように乗って、見慣れた校庭を高い位置からキョロキョロ見回しています。

車夫は先生!?

 

確かに、時代は進歩しているんですねぇ・・・

 

私たち同窓会は、輪投げとヨーヨー釣りを用意しました。

子供たちを楽しませるより先に、準備で大騒ぎ、すっかり童心に戻り、小学校時代のままに遠慮のない軽口が飛び交います。

 

ヨーヨーづくりは難しかった!

 

妙に便利そうな小道具がかえって使いづらく、途中で失敗する度に水が勢いよくふきだして周りの人にかかるわ、ふくらみ過ぎたヨーヨーが破裂音をたてるわ、その度に、老人の塊がはじけて、笑い、わめき、叫び・・・

街中でこんなことをやったら、たちまち遠巻きにされて白い眼を向けられるところですが、小学生は童心の一点に共通点を見出し、たちまち応援の手を差し伸べてくれます。

 

出店が繁盛しすぎててんてこ舞いしていると、順番待ちの列やゲームが終わった見物の中から自発的に手伝ってくれる子がでてきたりして、助かるやら感心するやら。

 

終了時間よりかなり早く、用意したものはすっかり出払い、あっちでもこっちでも店じまい。

まだ遊び足りない子供たちはボールゲームやクイズに最後まで歓声をあげていました。

 

このフェスティバルの効果

目的は、

秋の1日、大人も子供も楽しみましょう。

或は、子供たちを楽しませてやりましょう。

 

たいした目的や必要性のない子供サービスのお祭りですが、無欲なだけに、普段の生活からは生まれない仲間意識が生まれたように感じます。

それが、地元の子供たちが通う公立小学校なので、地域のコミュニティーに重なり、思わぬ効果を発揮します。

 

現代の便利でスピーディーな社会が忘れがちな地域社会へ目を向けるいい機会になりました。

 

実際に役立つ生活上の効果

地域への帰属意識が生まれるので、

1 万が一の災害時の助け合いにも役立つ。

2 近所の人と顔見知りになることで事故や事件の発生、被害を防げる。

3 ゴミ出しや清掃などのマナーが守れる。

 

精神的効果

1 小学生のいない家庭にとっても、小学生のいる若い家庭にとっても、年齢の離れた人たちと一体感を味わえる。

2 子供たちには貴重な体験、思い出、故郷の味となる。

3 年齢的、地理的に上下左右の関係が広がり、地域文化の中に自分の場所を実感して、精神的よりどころの形成に役立つ。

暑くて、びしょびしょで、疲れた一日、片付け終わってひっそりした校庭を後にする時、みんなでお疲れ様と挨拶しながら、また来年もね、と言いあいました。

子供たちのために頑張った私たち、実は、子供たちが付き合ってくれてたような気もします。

 

今後の課題とおすすめ

 

来年の課題

今年のフェスティバルは天候にも目生まれ大成功でした。

最近は、先生方は休日出勤を敬遠する傾向にあると言われていますが、今回は、校長先生も好意的で先生方の協力も得られました。

恵まれた条件の小学校だと思います。

 

せっかくのチャンスなので、来年は、もっと門戸を開いて、地元の高齢者にも参加を呼び掛けてはどうかと考えています。

 

おすすめ

このような催し、元気で時間が自由になる高齢者が中心になって、地元で開催してはどうでしょうか。

 

特に、通勤に便利な郊外のベッドタウンは、子供たちが出ていってしまった高齢者の家庭と、新しい建売りやマンションに入った若い家族とが共存しています。

 

若い家庭では、地元に貢献する余裕は時間的にもないでしょう。

地域のことは、現状を知っている古い住人から取り組むのが良いと思います。

 

特に地元が生活に大きな意味を持つのは、高齢者と子供たちです。

この両者が、忙しい若い親たちを巻き込んで楽しい時間を共有する。

退職後の知識とエネルギーが、こんな場面で社会貢献できるような気がします。

 

関連記事⇒狭い庭にはびこる竹

 

 

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